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能登、加賀訪問記。
1.出発
98年4月から周遊券がゾーン周遊券になった。以前のワイド・ミニ周遊券は、JRがほとんどであったが第三セクタ・私鉄もいくつか利用できるようになり、私にとって、その点においては、ありがたい。
早速、加賀・能登ゾーン周遊券を利用して、「のと鉄道」を目指す。
往路は、上野から寝台特急「北陸号」で津幡まで行き、加賀・能登ゾーン周遊券の「JR」「のと鉄道」のすべての駅を訪問し、復路は、特急「はくたか」・上越新幹線を利用の予定だ。何日も前から、時刻表と地図(駅間徒歩移動が可能かどうかの確認のため必要)を用意して、列車移動と徒歩移動を綿密に計画してある。この時間も、非常に楽しい。
5月1日(金)上野駅15番線で、「北陸号」の入線を待つ。地平の頭端式のホームにバックで入ってくる。満室(満席?)とのアナウンスがあるが、待つ人はまばらである。東京では、本格的頭端式ホームはここだけである。列車の運用上は効率よくはないのだろうが、あたりが美しく整備されていないこともあって、なかなか、郷愁を感じさせる雰囲気がある。
B寝台ソロの寝台券を買ってある。ソロの利用は初めてなのだが、いつもの夜行列車は「ムーンライトえちご」「ムーンライトながら」の座席なので、こんな良いものはないというのが、正直な感想で、病みつきになりそうだ。定刻発車で、程なく車内検札があり、部屋の鍵(紙製カード、クレジットカードサイズ)をくれる。あまり確認せず渡しているので、ひょっとしたら、隣の部屋も同じ鍵かもしれない。「北陸号」のデザインで、持ち帰りOKだ。少し、寝酒を飲んで、寝る。念のために、5時30分に目覚ましをセットする。寝付きは良い方なので、すぐに寝てしまい、高崎も知らなかった。目覚めると、富山の少し手前で、日本海がきれいだ。目覚ましの設定時刻前に、きちんと目が覚める。上段だったので、通常の車窓のアングルと違い、眺めも新鮮である。
5月2日6時17分、定刻で津幡に到着する。
2.津幡から珠洲へ(98年5月2日)
・七尾まで
初日は、のと鉄道能登線の駅をできるだけ多く訪問して、珠洲に宿泊するつもりだ。津幡から、七尾線の電車がすぐにないので、森本まで一駅行き、バックして七尾まで直行する。
・「JR」と「のと鉄道」境界
「JR」と「のと鉄道」の境界は紛らわしい。全国版の時刻表では「和倉温泉駅」が境界になっているが、のと鉄道作成の路線図は「七尾駅」まで描かれている。七尾駅にはのと鉄道の専用ホームがあり、普通列車はすべてのと鉄道の運行である。のと鉄道線内の各駅から七尾までは、普通列車ならのと鉄道の切符だけでJR切符がなくとも乗車可能である。しかし、金沢発着の急行「能登路」で、穴水方面から七尾に向かうと、和倉温泉駅の手前で「つぎの和倉温泉からJR線に入ります」というアナウンスが流れ、七尾まで乗車するには、和倉温泉−七尾間のJRの急行券が必要だ。ただし、急行「のと恋路号」は七尾駅の発着で、七尾−和倉温泉間は快速の扱い(一駅だから普通でよいと思うのだが)でJRの急行券はいらない。和倉温泉駅では、のと鉄道・JRのどちらの券売機でも、乗車券購入が可能だ。
と、紛らわしいことになっている。
・ダイヤ改正
七尾までの車内では、家族連れが乗り越し精算をしている。「北陸号」から乗り継いで、「松波」まで行くらしいのだが、松波着は11時になってしまうと、車掌が教えている。隣に座っている人も親切に時刻表を見ながら乗り換え案内をしている。ところが、5月1日より、のと鉄道はダイヤ改訂をしたから、注意するように、車掌が言っている。ひょっとしたら、準備してきた訪問予定が役にたたなくなってしまうかもしれない。まあ、どこかで、組み替えればよいし、組み替え作業自体も楽しいのではあるが。
予定通り、とりあえず、七尾駅で乗り換え、田鶴浜駅まで行く。ここで、七尾でもらった改訂時刻表を見たのだが、困ったことになってしまったというのが、第一感である。少しの、時刻変更でなく、運転本数の減少なのだ。駅間の徒歩移動を増やさないと予定通り回れないことがわかった。能登線は駅間の短いところが多く、徒歩移動できるのだが、天気予報は「翌日は雨」と言っているし、ついていない。
田鶴浜駅から、和倉温泉駅、穴水駅、鵜川駅の順に回る。鵜川駅から七見駅まで徒歩、比良駅から中居駅まで徒歩、甲駅から沖波駅・前波駅経由で古君駅まで徒歩で移動だ。海岸線に沿った道が多く、きらきら光る海と、富山湾を隔てた遠くに、残雪のアルプスを眺め、車の少ない道を歩くのは気持ちの良いものだ。
後は、列車で、波並駅、矢波駅、宇出津駅、藤波駅、蛸島駅、正院駅と回り、珠洲市内の民宿に泊まる。
途中、矢波駅では、30分以上列車が遅れた。蛸島駅・正院駅では日没のため、写真撮影ができなくなるのではという危惧があったが、かろうじて間に合った。
なお、ボタンをクリックすると原寸大の写真が表示されます。
・合理化と運賃徴収の徹底
地元紙によると、「のと鉄道」は石川県議会で一部区間(穴水−輪島)の廃止の提案もあったそうで、徹底した合理化等を行っているようだ。以下は、その一例である。
・列車本数を削減する。
それでも、穴水−珠洲(蛸島)は15往復あり、昭和47年当時の10往復に比べれば、頑張っている。
沖波駅の新設、比良駅の交換施設増強等の意欲も買える。
・駅員の配置時間を奇数日と偶数日で午前・午後のいづれかとし、一人が2駅を掛け持ちする。
・駅名標のペンキが落ちて駅名が見えにくくなっていても、そのままである。
・待合室の窓ガラスを割られても、すぐには、修繕しない。
また、乗車時に整理券を取ってもらうのを、徹底しており、私自身はゾーン周遊券を所持しているため取らないと、何回か乗客に取るように言われたくらいだ。定期券乗客もきちんと取っている。駅には、整理券がないと始発からの運賃を徴収する告示が貼ってある。
駅員配置であっても車内精算が原則で、「のと鉄道」内での乗換駅である「穴水駅」だけが、駅での集札である。
ただ、定期券利用者には、補助金が出るらしく、JR駅で買うと補助金の申請が別途必要で、のと鉄道駅では、補助金を差し引いて発売する旨の告示もあった。
また、能登線内は駅間を短くして、集落ごとに駅を設け、JR西日本地方交通線(七尾線など)より運賃も低めに設定するなど、利用促進施策を行っている。
「のと鉄道」はできそうなことはすべてやっているという感じで、他の第三セクタの方々には悪いが、努力はたいしたものだと思う。でも、経営は苦しいようで、都市間連絡、都市での大量輸送以外は、鉄道の使命は終わったといってしまえばそれまでなのである。自動車の環境破壊を容認する社会が続く限り、第三セクタのほとんどの鉄道には将来がない。
・「いろは」トンネル
穴水を過ぎると、トンネルの入口に「い」「ろ」「は」と順に書いてあるのに途中から気付いた。珠洲駅の近くになって「す」「ん」となるが、地図では、もう一つのトンネルがある。「ん」の次は何かと期待していたら、なんと「すず」であった。
・民宿
調査したところ、珠洲にはビジネスホテルがなかった。仕方なく、民宿に泊まった。幸運にも、客は私一人で、コストパフォーマンスの良い魚料理と地酒「宗玄」をいただいて寝た。
民宿も悪くはないが、たまたま、一人だったから良かったのであって、ビジネスホテ
ルの方が、私には合う。
3.珠洲から輪島へ(98年5月3日)
幸運にも、雨は夜の間に降り、とりあえずやんでいる。今日も徒歩移動があるので、降っていない方がよい。
珠洲、飯田、(徒歩)上戸、鵜飼、松波、白丸、九里川尻、九十九湾小木、南黒丸、鵜島、(徒歩)恋路、羽根、小浦、縄文真脇、能登鹿島、鹿波、穴水、能登三井、能登市ノ瀬、輪島とまわる。
途中、穴水−能登三井は穴水を出発直後を除き、ほとんど、車窓から民家が見えないところで、穴水−輪島のバス便が確保されれば廃止という議論もでるのはいたしかたなしか?
穴水−能登三井間は20数年前とは異なり、ディーゼルエンジンが強力になり、すいすい行ってしまうのは、逆に少し物足りないが、なぜか、信号があるのに、タブレット交換している、能登三井駅は駅員配置である。
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4.輪島から羽咋へ(98年5月4日)
この日は、「のと鉄道」の残り駅と、JR七尾線の全駅をまわり、羽咋で泊まる。
JR線は、整理券チェックもなく、いわゆる、性善説である。無人駅にも、自動券売機があり、「のと鉄道」とは一変である。
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5.帰宅(98年5月5日)
西金沢駅は次回、北陸鉄道乗車時に訪問することとし、「加賀・能登ゾーン」からははずれるが、大聖寺駅をまわる。予定通り、「はくたか9号」で帰宅する。
この2日は、特に面白いことなし。金沢駅は、連休最終日で、結構込んでいた。